【輜重】
――今思えば、おかしな点がいくつもあったのよね……。
まぁ、最近ちょいと金欠だったから?欲で冷静さを失ってたというか?――
大きく膨らんだリュックを横に、持参した味噌しょうが焼き弁当をしかめっ面で食べている。
一杯喰わされたこともあって、その憤りで食が進んでいるようだ。
「はぁ、どこを見回してもお宝どころか、クズ一つ落ちてないじゃない……」
彼女の言うお宝というのは、宝石や財宝といったきらびやかな装飾品ではなく、
戦場後の死体に多数転がる武器や鎧などの装備品などがそれに当たる。
――死体の腐敗だってだいぶ進んでいるし、同業者に先を越されたってレベルじゃないわね――
「ムッカツクわ~~~~っ!」
すさまじい腐敗臭がする中で、比較的身体の損傷が少ない死体を御座代わりにして
平然と食事が出来る神経を疑うが、彼女にとっては今が仕事における昼食時間なのである。
まだ暗い内からここに到着し、日が頭上に登るまでの間ずっと漁っていたのだが目ぼしい物はなかった。
素早く現地に行き、戦利品も持って帰るが常のこの仕事。
ただ、騙されたとはいえ、何もゲットせずに帰る、それだけは彼女のポリシーに反するのだった。
「ん~~~、奥の手でいくしかないかー……やなんだけどなぁー……」
自分の真下に転がっている死体に目をやり、半開きの口を覗いて見た。
無数の蛆が蠢めいて、中がよく見えない。
奥の手というのは、戦死者の金歯や銀歯である。
少なくとも解体しなければ手に入らないこのお宝は、質によっては多少の金にはなるのだが、
手間を考えるとかなり割りに合わない。
「ウジウジちゃんいるし……パス」
さすがの彼女も、あきらめたようだ。
――でも、もう2・3体見てから、いいのあったら考えようかな……――
それでもポリシーが許してくれなかった。
弁当を平らげて、重たい腰を上げて仕方なく仕事にとりかかろうとした時だった。
「あなた、こんなところで何をしているの?」
ん?と彼女が振り返ると、そこには忍装束を纏う小柄な女性が一人立っていた。
「わたし?今から仕事を再開するところよ。そういう君は?」
”仕事”という言葉に、目の前の彼女はいぶかしい顔をしてゆっくりと辺りを見回した。
そして、もう一度聞いてきた。
「ここで?」
「そうよ。ホラ、これよ」
その重そうな大きいリュックを「よいしょ」と軽々と背負ったと思ったら、音を立てて斧やら槍やらの刃が中から飛び出した。
「やば、コイツもそろそろ限界かも……」
「あぁ、あなた漁り屋なの」
「む、その名はキライ、トレジャーハンターって呼んでよね」
「見たところ、この辺には何も残ってないように見えるけど、まだ何か探し物があるのかしら?」
「う……」
さすがに、これから死体の歯を頂戴するんですとは、同じ女性に打ち明ける勇気は持ち合わせていなかったようで、
実は、と言ってこれまでの経緯を目の前の女に話し始めた。
女で漁り屋をやっている者は少ない上に、無数の死体が打ち捨てられた戦場跡で女性と会うなんてことは
彼女にとって初めてだった。
無意識に、何か共感するものがあったのかもしれない。
「そう、それは災難だったわね」
「でしょう!全く、半日がパーよ。あと、お昼のお弁当代も!……まぁ、おいしかったからいいけど」
――……こんなところで、食事をしたの……?――
当然の反応である。
「ところで、私は給(たま)、君は?」
「……惑香よ」
「で、マドマドはどうしてここに?」
――マドマド……――
「あなたには申し訳ないけれど、ここは今から戦場になるの。悪いことは言わないから、早くこの場を離れなさい」
「え?」
どう見ても、戦場”後”であるこの場所で、この娘は何を言ってるのだろう。
そういう顔をしながら辺りを見回す給に、さらに惑香は付け加えた。
「あなたが離れるまで待ってあげるから、早く行って」
「ちょっとちょっと、そんなこといきなり言われてもね……わたしの方が先にここに来たのよ」
給の言葉に、言うより見せるほうが早いと考えた惑香は、静かに呪文を唱え始めた。
「ぇ……なに……ウソぉっ!」
ゆっくりと惑香の足が浮き始める。
今は逆に、彼女が給を見下ろす形になった。
「死にたくなければ、早く行って」
「す……」
「これが最後の警告よ、さぁ、早くここから――」
「すっご~~~~いっ!!!?」
ビックリしていた彼女の顔は、目を輝かせた尊敬の眼差しへと変わっていた。
「え?」
「教えて教えて!わたしにもその魔法教えて!!」
「ま、魔法?」
お願いします!と急に頭を下げられた惑香は、どうしていいか分からなくなった。
昔から化け物扱いされてきた自分の能力を、今まで認めてくれた者がいなかったからだ。
「ねぇ、ダメ?」
「わ、悪いけど、あなたには無理よ……これは生れ付きだから……」
「えーーーー、そうなのーーー?」
絵に描いたように肩を落としているのが分かる。
――魔法が使えれば、お金とか沢山手に入れられると思ったのになー……――
「てことは、その魔法で今からここで何かするってわけね?」
「いや、これは――」
魔法じゃない、と否定することが出来なかった。
いや、自分の術をこれ以上否定されたくなかった。
「そう…よ。危ないの、だからここから離れて」
なぜか、まともに給の顔が見れなくなって、目線を反らす。
「めぼしい物もないし、そうしろってことなのかな。わかった、そうする」
――この死体達を動かして、敵と戦わせるなんてとこ見られたら、きっとまた……――
一般人を危険に晒すまいとした彼女なりの配慮は、いつしか彼女にだけは見せたくないという考えに変わっていた。
「ねぇ、マドマド!」
「え?」
「また今度会あったらさ、なんか別の魔法みせてよね、お願い!」
「今度って……」
「それを条件に、この場所は譲ってあげる。約束だからね!」
バイバイと手を振りながら、あの重たいリュックを背負って駆け足で離れていく。
無数の死体が横たわる足場の悪いこの場所で、よくもあそこまで器用に走れるものだ。
そこで、気が付いた。
「音が……してない」
そう、給の背負う数多くの戦利品が詰まってるであろうリュック、あれを担いで走れば
到底振動で音がするはずなのだ。
なのに、全く音を立てることなく静かに小さくなっていく彼女の姿。
本人は、それを無意識でやっているようだった。
「あなた、忍びの素質があるわよ」
――今度会ったら……か。出来れば、ずっと魔法使いでいたいわね、彼女の前では――
後に、二人は再会することになる。
同じ志を持った、仲間として。
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